白鬚神社

■ 所在 庄原市東城町森2352番地
■ 祭神 猿田彦命(さるだひこのみこと)、 伊邪那伎命( いざなぎの みこと)、 天宇受売命(あめのうずめのみこと)、 可遇突智命( かぐつ ちのみこと)、 上筒男命( うえつつのおの みこと)、 中筒男命( なかつつのおの みこと)、 底筒男命( そこ つつのおの みこと)、 市 杵島姫命(いち きしまひめのみこと)、 天児 屋根命(あめのこやねのみこと)、 大物主命( おおものぬしのみこと)、 豊聡耳命( とよとみ みのみこと)、 崇徳天皇(すとくてんのう)
(相殿の神) 伊邪那美命( いざな みのみこと)、 稲背脛命( いなせはぎのみこと)、 綿津美命( わたつみのみこと)、 八十禍津日命( やそ まがつひのみこと)、 事代主命( ことしろ ぬしのみこと)、 雷之神(いかづちのかみ)、 大山津見神( おおやまつみのかみ)

■ 例祭 10月26日
■ 境内地 830坪
■ 宝物 太刀(領主 宮高盛公寄進) 長刀(大坂の陣落人 石田平兵衛寄進

■ 由緒 創建年代は不詳であるが、古代悠遠の鎮座なり。社家伝説によれば、 往古群内に数社ありし大氏神の一社にして地方開拓の始祖なり。白鬚大明神 の古称あり。天文年中(1532-55年)領主であった宮高盛公が太刀一 振を寄進。慶長年中(1596-1615年)東城城主勘解由孫六 太刀一 振等の寄進あり。社殿は元亀元年(1570年)再建。明治13年二ノ宮母 里神社(旧称、若一王子社)を合祀し、現社殿を再建。

■ 伝承 児島高徳義挙の際、飯山(神社背峰)に登り隠岐島を臨み船玉神を祀 り海路の平安を祈り、後に小社を山麓に造り、文和年中(1352-56年 0)白鬚大明神と称し祀ると伝える。
■ 社叢は庄原市の天然記念物に指定されている
■ 各集落(行政区)単位に8つの宮詣りの講が存在し、3月~10月の各月の 月次祭に順番に参拝し、祭典の後、直会(なおらい)を行うならわしがある。
■ 春祭り、秋祭りでは宮司宅より行列を組み神祇がおこなわれ、秋祭りでは御 旅所への巡幸もある。
■明治以降のものであるが、約 60 点の絵馬が色彩鮮やかに拝殿に配され、ま さに絵馬堂といえる状況である。 児島高徳が、隠岐島に流される後醍醐天皇を途中救い出そうと、美作の宿所 に忍び込んだが果たせず、自分の気持ちを託した「10 字の詩」を桜の幹に記 したという有名な絵馬がある。平成 19 年には 2 点が広島県立民俗歴史資料 館に展示され、平成 21 年には歴史博物館に 1 点が展示となる。